発達障害だって、頑張るもん!

発達障害児のママ・ココのリアル育児!

小さな感覚の違い~感覚過敏~

こんにちは、ココです!

来ていただいて、ありがとうございます>^_^<

 

今回は感覚鈍麻の続き、

 

● 熱いものが食べられない!~感覚過敏

 

について。

 

さてさて。発達障害の子たちには、私達にはわからない「感覚の違い」があることも多いようです。

 

光や音に敏感(または鈍感)、味覚、触覚、嗅覚で、特定のものに極度に反応する。

例えば、アルコールの匂いに敏感な子。病院で予防接種するときに、コットンで拭かれたアルコールの匂いが耐えきれず、看護師さんを蹴り飛ばしたり。(お気の毒です…)

お砂糖以外の調味料が受け付けられず、常に糖分ばかりなので、幼稚園児なのに歯が5本しかなくなってしまった子。

 

こんな、「え、何で??」と理解できないような感覚の違いのある発達障害児は、一定数いるようです。

しかし我が家の息子に、そういった感覚の違いを見つけることは今までありませんでした。

 

でも、こんな状況になってから(発達障害と診断されてから)改めて考えてみると、「あれって特有の感覚の違いだったのかな?」とふと思うことがありました。

そのひとつが前回記事にした、真夏でも長袖長ズボンを好む「感覚鈍麻」

そしてもうひとつの感覚の違いが、「常温かそれ以下の温度の料理しか食べない」。いわゆる「感覚過敏」です。

 

それまでは単純に「ネコ舌」だと思っていました。私の母もネコ舌で、ラーメンは出来てすぐのものは食べられません。なので、母に似たのかな?としか思っていませんでした。

 

幼稚園はお弁当だったので、温度を気にすることなく完食していたのですが、小学校に入り、給食をほとんど食べていないことが数か月後に担任の先生の話から発覚。

息子は落ち着きがなく、「いただきます」と同時に席について準備ができません。それで食べ始める時間が遅くなってしまうので、結果片付ける時間に間に合わずに残してしまうのかと思っていました。私も先生も。

 

 

ところがある日。何となく夕食の時間に話していた時に、「実は給食が熱くて、冷めるまで待っているんだけど、そうすると片付けの時間になってしまう」ということを本人から聞かされました。

え?そうなの?知らなかった…。ていうか、給食ってそんなに熱々で出てくる?

いくら自校の給食室で調理された食事っていっても、4時間目が終了する時間まで、やけどするほど熱々の温度は保っていられないでしょう?

 

ってことは…。この子のネコ舌は、発達障害の本で言うところの「感覚過敏」だったのかあっ!って6歳になって初めて知った私でした…。

息子の感覚過敏、ほんとにゆるっとしすぎ…。

 

しかしこの感覚過敏はどうしようもないなあと思いました。

先生とお話したのですが、やはり給食の準備やら後片付けやらをやっていると、給食を食べる時間は正味20分が限度なのだそうです。家庭では彼の分だけ早めに盛って置いておくことはできるのですが、学校ではそういうわけにはいきません。

それにいずれは温かいふわっとした食感の食事を楽しんでもらいたい。常温まで放っておいて、かぴかぴのトーストを食べるんじゃなくね。

 

そこで、今まで家庭でやっていた食事の冷まし方をゆるくしました。

お味噌汁やラーメンなどの汁ものには、2つほど氷を入れて出していたのですが、温めて配膳するときに、彼のだけ私達よりも早めに盛ることに。つまり、コンロで火を入れて、私達的にちょうどいい温度になる20秒前くらいに器に盛ります。

ご飯も食べる20秒前くらいに盛る。トーストも20秒前。おかずは基本熱々ではないのでそのままです。

 

本人にも、いつかちゃんとしたフルコースをレストランで一緒に食べたい。だから少しずつ慣れていこうね、と伝えました。

ママは6年生頃から、1年に1回、両親と小さなレストランでフルコースを食べていたんだよ。食事のマナーを少しずつ覚えてほしいっていう両親の願いだったんだけど、ちょっと大人になったような気がして、とっても嬉しかった。いつか行こうよね?

そう話したら、嬉しそうに頷いていました。

 

 

それから2年。給食の温度はそれほど気にならなくなったそうです。熱い時は一生懸命ふーふー言ってるとか。

家庭ではグラタン、ドリアなどはまだ無理ですが(チーズで蓋をされているので、熱さが抜けないんですね)、膜の張ったシチューを食べることはなくなりました。

こうして思い返すと「2年もかかったか!」ですけど、それでも少しずつ克服してきました。

 

どうしても克服できない強い感覚の違いを持たれるお子さんもいらっしゃると思いますが、その場合は「特性」として許容してあげるしかありません。

でももし、できるのであれば。何年かかかっても少しは「ラクになる」程度までその感覚の違いのレベルを押し下げられたらいいですね。「いつかXXを楽しめるようになれる」という希望を追いかけながら。